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エピソード18 『全ての子供に教育を』

  • 執筆者の写真: ・
  • 2023年3月15日
  • 読了時間: 3分

エピソード18

朝食を終えると、俺は家の外に出た。

日中でもやはり、静かな村だった。

何人かの村人が、見慣れない客人の存在に気づく。

しかしやはり、遠巻きに眺めているだけだった。

話しかけてきたりはしないが、怒っている気配もない。


村人は、極めて質素な格好をしている。

女性たちは概ね、下半身は民族衣装らしきロングスカートを穿いている。

しかし上半身は、もっぱらTシャツである。、地味目な色のTシャツだ。

つまり、コテコテの民族衣装姿というわけでは、ないのだ。

テレビや絵葉書などでは、

少数民族たちは大概、派手な民族衣装を着ているが、

あれは、客寄せの演技にすぎないらしい。


男性たちは更に、民族衣装の「み」の字もない。

下半身には薄汚れたスラックスを穿き、上半身はおのおの好きな服を着ている。

男性たちには、あまり、民族意識が無いらしい。

少数民族には母系社会が多いと聞くが、

民族としてのアイデンティティを守り継いでいるのは、もっぱら女性たちなのだ。



俺は、のんびりと集落を歩く。

狭い集落だ。歩いているうちに利典さんにも出くわすだろう。

…まだ帰ってしまっていなければ、だが。


高床式の軒下では、子供たちがまばらに遊んでいる。

彼らは、物珍しい旅行者を、ポカンと口を開けて凝視する。

俺のほうから「ハアイ」と手を振ると、同じように笑ってくれる。


ところどころ、電話ボックスを1回り縮めたような、小さな小屋がある。

ひょっとしてこれが、トイレなのではないか?

そばに居た爺さんを呼び止めて、

「これは何?」と英語で尋ねてみる。

爺さんは、歯の抜けた笑顔で、大便をきばるようなポーズをする。

やはり、トイレであるようだ。

「使ってもいいですか?」と日本語で尋ねると、

「もちろんだ!」というように、笑顔で大きく頷いてくれた。

言葉自体は通じていないのだろうが、

旅行者が訴えそうなことなど、おおかた予想が付くのだろう。

俺は、トイレに入ってみた。


とても簡易な水洗トイレであった。

便座などは無い。金隠しのない和式便器だ。

どこからかホースが通されていて、それで便を流し、手を洗うらしい。

清潔とは言えないし、臭いもするが、

衛生観念が無いわけではないらしい。



散歩を続けていると、

どこからかブオーンと、モーター音がする。

チェーンソーで木でも切っているのだろうか?

どうも、モーター音はだんだんと村に近づいてくる。

俺は、音の方角に向かって歩いてみる。


音の正体は、バイクだった。原付バイクだ。

村の者とおぼしき青年が、細いあぜ道を、器用にバイクで走ってくる。

運動不足な日本人には、こんな芸当はできそうもない。

俺が歩いてきた山道以外にも、外部に通じている道があるのか。


井戸端タバコに耽っていた数人の男性が、

笑顔で彼を出迎え、何か簡単に会話をしている。

彼は、遠巻きに眺めていた俺を見つけると、躊躇なく近寄ってきた。


ジャパニーズ?コリアン?」と、笑顔で握手を求めてきた。

英語が話せるのか。

俺が「ジャパニーズ」と短く答えると、

彼は、「ヨロシク」と、片言の日本語まで披露してみせた。


彼は、明らかに他の村人とは違う。

バイクに乗ってるだけではなく、高級そうなプーマのジャージなど着ている。

…日本人からすればプーマのジャージなど大して高級品ではないが、

この辺りの経済基準からすれば、そうとう高級な部類にあるだろう。

彼のことは、プーマと呼ぶことにする。



にわかな喧騒に、利典さんも気付いたらしい。

どこからか、姿を現した。

利典さんも、プーマと軽く会釈を交わした。

「ちょうど良かった。

 僕、もうチェンマイに戻りたいんだ。

 彼、英語が話せるから、これからは彼に色々聞いたらいいよ。」

助かった。一人くらいは会話のできる人間がいないと、

どうにも先に進めそうにない。


俺とプーマは、橋のところまで利典さんを見送った。


『全ての子供に教育を』

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