エピソード24 『「おとぎの国」の歩き方』
3日目。朝からシトシトと雨が降ってる。
「舗装されていない山道を、雨の中行くのは危険だ。」
という爺さんの判断で、今日は休息日になった。
体がクタクタだったから、ちょうどよかったよ。
たまには休まないと、さすがにくたばる。
「たんぱく質を摂ったほうがいいな。」
爺さんは、そうつぶやいたかとおもうと、
僕を置いてどっかに行き、川魚を釣って戻ってきた。
焼き魚、美味かったよ。
焚き火も、冷えと疲れにありがたかった。
今日も爺さんはよくしゃべる。
「ブータンに観光しに来る外国人は、『幸せ』を求めている者が多い。」
「幸せ?」
「そうじゃ。ブータンは、『幸せの国』と言われているらしいの。」
「ああ、そうだよ。聞いたことある。」
「ブータンは幸福の国と言われているらしいが、
要は、『何に幸福を感じるか』そこに違いがあるだけだ。
別に、ブータンという国が特別恵まれているわけではない。
それに、観光客が立ち寄るような観光地には、
『幸せの国』としての真髄は、無いだろう。
観光地化してしまった町は、すでに先進国と同じ病に陥っているからだ。
新しいパソコンが欲しくて、そのためにせっせと観光客をだましている。
幸福に感じていないから、新しいパソコンが欲しくなるのだ。
ブータンの田舎に住む者たちは、およそ何も求めていない。
まるで戯れ合う仔犬のごとくだ。
そばに遊ぶ仔犬がいて、近くに母犬の乳房があるなら、それでもう幸福だ。
ドッグフードを求めて労働に出たりはしない。
ドッグフードを求めて働くよりも、母の乳房を飲んでいるほうが幸せだ。そう感じている。
ブータン人も同じだ。
友と家族が居て、太陽とモモ(餃子)と家があるなら、それでもう幸福だ。
モモと家を得るだけなら、大した労働は要らない。大した苦痛も溜まらない。」
爺さんは、ほくろをポリポリかきながら言った。
雨は昼前にはあがった。
良かったよ。明日は歩けるだろうって。
僕は、日当たりの続く場所を見つけて、臭っさいクツを干した。
ところで、
爺さんは、婆さんほど速足じゃないけど、それにしたって足腰が強い。
100歳くらいはいってると思うけど、毎日毎日山を歩く。
食事すら摂らずに、毎日毎日歩く。キセルはときどき吸う。
何でこんなに強いんだ?
「ひょっとしてお爺さん、魔法使いとか仙人とか?」
僕はたまらず、尋ねてみたよ。
「ほっほっほ!ワシはただの人間じゃ。龍でもない。
魔法に見えるか?
たしかに、迦楼羅(かるら)にもなると不思議な力を持つ者も多いな。
サイババは、瞬間移動をしたというし、手から金粉を出したという。
だから求道者は、ラマや聖人に夢中になる。
しかしな?
魔法に見えるものはたいてい、何かしら種がある。
すごく原始的で、そうじゃなくても現実的な仕組みじゃよ。
なぜ、わしがこんなに頑強に歩けるか?
簡単なことじゃよ。山歩きで鍛えたからじゃ。たくさんたくさん、歩いてきた。
わしほどではないしても、アジナの老人は皆、頑強に歩くぞ。
また、魔法そのものにはあまり意味が無い。
手から金粉を出したからといって、善人とは限らぬ。
瞬間移動ができたからといって、仏陀とは限らぬ。
明日は、その辺の話をするかな。」
『「おとぎの国」の歩き方』


