エピソード6 『トランク1つで生きていく』
フレンチトーストは美味しかった。PAのテキトウな食事よりも、きっと美味しい。
愛子さんは手早く食事を済ますと、タオルを持ってお手洗いに行った。
タオルを濡らして、体を拭くらしい。シャワーの代わりだ。
彼女と入れ替わりで、私もそれをやってみた。思いのほかスッキリする。
そうか。「水のあるところに寝れば大丈夫」の意味が、なんとなく理解できた。
シャワーがなくても、水拭きできればけっこうスッキリするんだ。
「ところであなた、家族には連絡したの?」
「あ、ヤバっ!」すっかり忘れていた。
私は薄情なんだろうか?家族が嫌いではないけれど。
うーん。何て連絡を入れようか?
そうだ。状況説明が難しくて、連絡をためらっていたんだった。
私がスマホを眺めながら固まっていると、愛子さんは察したらしかった。
「『友達に車で避難させてもらった』って言えばいいのよ。カンタンじゃない?」
電話だと面倒だなと感じて、メールでそう伝えた。
が、すぐに母から電話がかかってきた。
「どういうこと?どうなってるの?」心配している。当然だろうけれど。
「えっと、私は大丈夫なの。乗せてくれたひ…」
私がまごついていると、愛子さんが私のスマホを取り上げた。
「あ、どうもぉ。氷川といいます。昨夜ハナちゃんと知り合いましてね。
壇ノ浦まで避難できたので、こっちは大丈夫ですよ。」
プツっ。
愛子さんはどうも、問題をとてもシンプルに解決してしまう。
というか、私たちが普段、問題を複雑にとらえ過ぎているのだと気づいた。
「シンプルですね、愛子さん。」
「そうね。日本って回りくどいわよね。私それキライなの。
昔ちょっと、オーストラリアで暮らしてたことあってね。」
だからシンプルでハキハキしているのか。外国人ぽいのだ、愛子さんは。
「外国もいいわよぉ。このままどっか飛んじゃえば?あっはは。」
「いいですね、外国。」憧れるが、今の私にはちとハードルが高い。
私は、昨夜の智子ちゃんの番組のことを思い返した。
「ねぇ、ちょっと観光してかない?あなた待ち合わせとかあるんだっけ?」
「いえ、何もないですけど。観光、ですか?」
「そうよ。キレイな橋があるのよ。
角島大橋って、知らない?」
「行ってみたいです。」
「そうこなくっちゃ!」
愛子さんは再び、車を走らせた。
私は助手席で、ネットをはじめた。SNSの友人たちに、安否の報告をしなくては。
そして、「誰か山口近辺で、泊めてくれる人はいませんか?」と、
自分のタイムラインの中で募ってみた。
被災者に対して、人は優しい。
会ったことのない、SNSでしか交流したことのないメグミさんという人が、、
泊まっていいよと言ってくれた。彼女とは、「智子ちゃんつながり」だ。
「愛子さん、今日、泊まるところ見つかりました。」
「あら?しばらくアタシの車でも良かったのに?
やっぱ辛かった?車中泊。」
「いや、車中泊は思ったほど辛くなかったです。」
「でしょ?けっこうイケるのよ!準備さえしっかりしとけば。」
「でもいつまでもお世話になるのも悪いなって、おもって。」
「あっはは。気にしなくて良かったのに。
あ、ほら!前見て!見て!」
愛子さんが急に、珍しく慌てだした。
何事かと思って前を見ると、すごい景色!
「うわー!キレイ!!」
「でしょう?ここってなかなか絶景なのよ!
すんごいキレイよね!海の色が。沖縄の海みたいでしょ。」
角島大橋は、本当に絶景だった。南国のような色の海の上を、
まっすぐに橋が、道路が伸びている。まるで日本じゃないみたい。
私はハっと思い出し、慌ててトランクからオリンパスを取り出した。
橋を渡り切る前に、この絶景をファインダーに収めなければ。
「あっはは。慌てなくていいのよ?
角島入っても袋小路だから、どうせこの道引き返してくるし、
パックツアーじゃないんだから、いくらでも停まってあげるし、
何往復でもしたげるわよ。」
なんというぜいたく!!
角島もぐるっとドライブして周った。何もない、緑多き島だったけど、
のどかでいい。新緑の季節だから、なおのことキレイ。
「穴場ですね。ここ。」
「でしょ?アタシもそう思うわ。
交通の便が悪いから、東京や大阪から人は来ないけどね。
だからこそいいのよね。穴場感があって。人少ないのがいいわ。
田舎にはさ、こういう穴場がいっぱいあんのよ?」
「そうなんですか?」
「ここまでの絶景はそうたくさんはないけどさ?
いろいろあんのよ。新幹線や空港でも近くなきゃ、観光客は来ないけど。
テレビばっかり見てないで、実際に走ってみりゃいいのよ。」
「うん。」たしかにそうだ。
「新幹線も飛行機もお金かかるけど、ドライブならそうでもないでしょ?」
「そうなんですか?ガソリン高いって、お父さんしょっちゅうグチってるけど…」
「移動も兼ねてんなら、そんなにお金掛かってる感覚ないのよね。
アタシしょっちゅう移動してるから、しょっちゅう観光できるってワケ。
早く着くことなんて、考えないの。
なるべく景色のいい道選んで、走るわ。いつもいつもこんなカンジ。」
「なんか、楽しそうですね!?」
「楽しいわよー!自治会のしがらみより、ずっと楽しいわ。」
『トランク1つで生きていく』



