第18節 『世界のはじまり ~花のワルツ~』
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- 8月27日
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第18節
一行はまず、アギロの家に戻った。ヤリや短剣は家に置いたままだ。
それを拾いあげ、妻に挨拶をすると、妻は台所からたくさんの果物と干物、そして替えのシャツを2人に手渡すのだった。
ア「おい!オレの夕飯は残ってるのか!?」
妻「アンタは今すぐイノシシ捕ってきなさいよ!」
ア「えぇ、勘弁してくれよぉ!」
ノ・ユ「あはははははは!」
ア「笑顔が出たな」
アギロは2人を見つめながら微笑んだ。
ア「笑顔になれれば、どうにかなる」
ノ・ユ「は、はい!」
妻「着替えも入れといたよ。あんたら服も持ってないんだろうから」
そして浜へと戻る。
海のきらめきが見えた頃、ユキは大きな声を上げた!
ユ「あぁ、そういえばイカダ!!まずい!」
ユキは慌てて駆けだした。イカダは流されてしまったのではないか!?
3人が駆けていくと、やはり浜辺にその姿はない・・・。
ユ「どうしよう・・・」
ノ「造れるんでしょう?イカダ」
ユ「まぁそうだけど・・・」
ア「えっへっへ!」アギロは満面の笑みを見せた。
ノ・ユ「え!?」
ア「えぇっとなぁ・・・」アギロは浜を見渡す。
ア「おぉ、あれだろう」
アギロは浜の南側の茂みに、ウサギの耳のように突っ立っている2つの大きなバナナの葉を見つける。そして駆け寄っていく。
茂みをかき分けると・・・
ノ「まぁ!」
ユ「僕らのイカダだ!」
ノ「いつの間に!?」
2人は目を丸くして驚いた。アギロはずっと二人のそばにいたはずだ。
ア「えっへっへ。息子に託した!」
ユ「あ・・・!」
2人は、アギロの家に入ったときにアギロが息子たちに、「浜に遊びに行け」と指示したのを思い出した。
ノ「あの一言だけで・・・!?」
ア「えっへっへ!まぁ似たようなことがたまにあるんだよ。
客を出迎えることに慣れた家なんだ。
息子は、おまえたちのボロボロの姿を見て、それなりに何かを察するよ。アイツはオレ以上にカンがいいしな」
ユ「イカダを木にくくり付けてくれるならまだわかるが・・・」
ア「そうだな!オレもそう想像してたけどよ。
最近村に変なやつらが多いことを、息子も嗅ぎ取ってるんだろうよ。イカダは、波から守るだけじゃなく、商売人や何かからも守らなきゃって、そう思ったんだろ。何か隠したらな、『ウサギの耳』がオレたち親子の目印なのさ」
ユ「すごい・・・!!」
ア「えっへっへ。あとでププルを褒めとくよ。頭をなでてやるんだ」
3人はイカダを浜に引っ張り出した。
空は青く晴れ、波の状態も悪くない。
2人は波の遠く向こうを見据えた。
ア「オールを漕ぐんだぞ?
波に任せてたら、今の時期はまたこの島に流れついちまう。オールを漕いで、どっかを目指すんだ」
ユ「どこを目指せばいいんだろう?」
ア「・・・・・・。
娘っこよぉ。『何かを知りたい』って言ったな?」
ノ「は、はい」
ア「南を目指すんだ。じゃぁ南だ。
大きな島があるはずだ。ここよりずっと大きな島が。
よく知らねぇが、おめえさんたちの村でもここでも見れなかったもんを、たくさん見るだろう」
ノ「は、はい!」
ノアは緊張しながら、でもわずかに微笑みながら威勢よく返事をした。
ユ「行くぞ!」ユキはオールでイカダを力強く蹴り出した。
ノ「行ってきます!」ノアはわずかに涙を浮かべながら、でも微笑みながらアギロに挨拶をした。
ア「違えよ!さようならだ!
『行ってきます』は帰ってくるヤツが言うもんだ!」
ノ「はっ!」帰ってきてはいけないのか!再び迎えてはくれないのか!
急に不安になるが、イカダは浜を離れていく。
ア「あぁもう1つ忠告だ!
食料は大事に食べるんだぞ?3日分はあるはずだ!」
ノ・ユ「はい!」
ユキは力強くオールを漕ぐ。ノアは微笑みながら手を振る。
ノアは微笑むが、しかし涙が込み上げてくる。嬉しいのだ。でも不安なのだ。
ノ「帰っては・・・これないんだって・・・」ノアはユキの目を見ず言った。まだアギロの方を見ているが、アギロに焦点は合っていない。合わせられない。
ユ「帰ってこないつもりで漕ぐんだよ。
でも・・・アギロさんは善い人だ。うっとおしいほど世話焼きだ。
うぐっ!」ユキのほうが先に、涙の嗚咽をこぼした。
ノ「えっ!」ノアはそれに気づいて驚き、でも自分も大粒の涙をこぼしはじめた。安心して、大粒の涙をぽろぽろとこぼし始めた。
微笑みながら、だ。
ノアは再びアギロの顔を見つめて、そして大きく大きく手振った!
しかしアギロは、足をダンダンと踏みつけながら、怒ったような顔でオールを漕ぐ仕草をして見せた。
ノ「うふふ。わかりました」
ノアはアギロの言うとおり、オールを漕ぐことに加勢しはじめた。
2人はもう、振り返らない。
しかし2人が見えなくなるまで、アギロはずっと海の向こうを見ていた。海のそばに住んでいるのに、こんなに長い時間海の向こうを凝視していたのは、初めてかもしれない。そんな気がした。
旅立ちは何度だって、少し寂しい。
しかし、決して悲しいものではない。
あなたも、旅立ちを経験すればわかる。



