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第18節 『世界のはじまり ~花のワルツ~』

  • 執筆者の写真: ・
  • 8月27日
  • 読了時間: 4分

第18節


一行はまず、アギロの家に戻った。ヤリや短剣は家に置いたままだ。

それを拾いあげ、妻に挨拶をすると、妻は台所からたくさんの果物と干物、そして替えのシャツを2人に手渡すのだった。

ア「おい!オレの夕飯は残ってるのか!?」

妻「アンタは今すぐイノシシ捕ってきなさいよ!」

ア「えぇ、勘弁してくれよぉ!」

ノ・ユ「あはははははは!」

ア「笑顔が出たな」

アギロは2人を見つめながら微笑んだ。

ア「笑顔になれれば、どうにかなる」

ノ・ユ「は、はい!」

妻「着替えも入れといたよ。あんたら服も持ってないんだろうから」



そして浜へと戻る。

海のきらめきが見えた頃、ユキは大きな声を上げた!

ユ「あぁ、そういえばイカダ!!まずい!」

ユキは慌てて駆けだした。イカダは流されてしまったのではないか!?

3人が駆けていくと、やはり浜辺にその姿はない・・・。

ユ「どうしよう・・・」

ノ「造れるんでしょう?イカダ」

ユ「まぁそうだけど・・・」

ア「えっへっへ!」アギロは満面の笑みを見せた。

ノ・ユ「え!?」

ア「えぇっとなぁ・・・」アギロは浜を見渡す。

ア「おぉ、あれだろう」

アギロは浜の南側の茂みに、ウサギの耳のように突っ立っている2つの大きなバナナの葉を見つける。そして駆け寄っていく。

茂みをかき分けると・・・

ノ「まぁ!」

ユ「僕らのイカダだ!」

ノ「いつの間に!?」

2人は目を丸くして驚いた。アギロはずっと二人のそばにいたはずだ。

ア「えっへっへ。息子に託した!」

ユ「あ・・・!」

2人は、アギロの家に入ったときにアギロが息子たちに、「浜に遊びに行け」と指示したのを思い出した。

ノ「あの一言だけで・・・!?」

ア「えっへっへ!まぁ似たようなことがたまにあるんだよ。

 客を出迎えることに慣れた家なんだ。

 息子は、おまえたちのボロボロの姿を見て、それなりに何かを察するよ。アイツはオレ以上にカンがいいしな」

ユ「イカダを木にくくり付けてくれるならまだわかるが・・・」

ア「そうだな!オレもそう想像してたけどよ。

 最近村に変なやつらが多いことを、息子も嗅ぎ取ってるんだろうよ。イカダは、波から守るだけじゃなく、商売人や何かからも守らなきゃって、そう思ったんだろ。何か隠したらな、『ウサギの耳』がオレたち親子の目印なのさ」

ユ「すごい・・・!!」

ア「えっへっへ。あとでププルを褒めとくよ。頭をなでてやるんだ」



3人はイカダを浜に引っ張り出した。

空は青く晴れ、波の状態も悪くない。

2人は波の遠く向こうを見据えた。

ア「オールを漕ぐんだぞ?

 波に任せてたら、今の時期はまたこの島に流れついちまう。オールを漕いで、どっかを目指すんだ」

ユ「どこを目指せばいいんだろう?」

ア「・・・・・・。

 娘っこよぉ。『何かを知りたい』って言ったな?」

ノ「は、はい」

ア「南を目指すんだ。じゃぁ南だ。

 大きな島があるはずだ。ここよりずっと大きな島が。

 よく知らねぇが、おめえさんたちの村でもここでも見れなかったもんを、たくさん見るだろう」

ノ「は、はい!」

ノアは緊張しながら、でもわずかに微笑みながら威勢よく返事をした。

ユ「行くぞ!」ユキはオールでイカダを力強く蹴り出した。

ノ「行ってきます!」ノアはわずかに涙を浮かべながら、でも微笑みながらアギロに挨拶をした。

ア「違えよ!さようならだ!

 『行ってきます』は帰ってくるヤツが言うもんだ!」

ノ「はっ!」帰ってきてはいけないのか!再び迎えてはくれないのか!

急に不安になるが、イカダは浜を離れていく。

ア「あぁもう1つ忠告だ!

  食料は大事に食べるんだぞ?3日分はあるはずだ!」

ノ・ユ「はい!」

ユキは力強くオールを漕ぐ。ノアは微笑みながら手を振る。

ノアは微笑むが、しかし涙が込み上げてくる。嬉しいのだ。でも不安なのだ。

ノ「帰っては・・・これないんだって・・・」ノアはユキの目を見ず言った。まだアギロの方を見ているが、アギロに焦点は合っていない。合わせられない。

ユ「帰ってこないつもりで漕ぐんだよ。

 でも・・・アギロさんは善い人だ。うっとおしいほど世話焼きだ。

 うぐっ!」ユキのほうが先に、涙の嗚咽をこぼした。

ノ「えっ!」ノアはそれに気づいて驚き、でも自分も大粒の涙をこぼしはじめた。安心して、大粒の涙をぽろぽろとこぼし始めた。

微笑みながら、だ。

ノアは再びアギロの顔を見つめて、そして大きく大きく手振った!

しかしアギロは、足をダンダンと踏みつけながら、怒ったような顔でオールを漕ぐ仕草をして見せた。

ノ「うふふ。わかりました」

ノアはアギロの言うとおり、オールを漕ぐことに加勢しはじめた。

2人はもう、振り返らない。

しかし2人が見えなくなるまで、アギロはずっと海の向こうを見ていた。海のそばに住んでいるのに、こんなに長い時間海の向こうを凝視していたのは、初めてかもしれない。そんな気がした。


旅立ちは何度だって、少し寂しい。

しかし、決して悲しいものではない。

あなたも、旅立ちを経験すればわかる。

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