第2節 『世界のはじまり ~花のワルツ~』
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- 8月27日
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更新日:5 日前
第2節
心優しいノアはよくよく考えて、みんなが幸せになる道を選んだつもりだった。
しかし・・・

翌朝。
ノアはコーミズ村の井戸場に水を汲みに出かけた。早朝の時間帯、13歳くらいの子供たちに任される仕事だ。
平静を装いながら淡々と水桶を引っ張り上げている。すると背後から声が掛かる。
エ「ちょっと、ノア!」
振り返ると、声の主はエミリーだった。昨夜悔し泣きで騒いでいた女の子だ。
ノ「あぁ、エミリーおはよう♪」ノアはいつもどおり笑顔で挨拶するよう努めた。
エ「本当に余計なことをしてくれたわね!
あなたったら悪意の塊なの!?」
ノ「えっ!」
エ「あなたのせいよ!
あなたのせいで、みんなから憐みの目で見られるようになっちゃったじゃない!」
ノ「えっ!?」
エ「足をくじいたなんて嘘でしょう!
水汲みに来てるなんておかしいじゃない!
嘘までついて私を嫌われ者にするなんて酷い人!」
ノ「そんな!私!エミリーのためを思って・・・!」
エ「私は実力で主役を勝ち取れたのよ!
踊りの審査をやり直して、審査員を大ババ様とかに変えれば済むことだったのに!
エミリーのためって何?まだ言うの?
年上の私を見下すような言いぐさじゃない!」
ノ「・・・!!
ご、ごめんなさい・・・」
はぁあ。いざこざがあるなら、ダンスなんかやりたくないな。
そんな気持ちになるノアだった。
誰かを蹴落としてまで、誰かとケンカしてまで出たい舞台など、1つもありはしない。ノアにとっては。皆はそんなことはないのだろうか?
誰かの些細な感情を除けば、それ以外はいつもと変わらないコーミズ村の営みだ。
南の海に浮かぶこの小さな島の、小さな集落。
300人ほどが住むこのコーミズ村では、午前中は各々が畑を耕したり織物をしたり、子供たちは学校で読み書きや生活の知恵を学んで過ごす。
カン!カン!ゴツン!
先「どうですか皆さん?
ナタを使わずにココナッツを割るのは難しいでしょう?
踊りや音楽だけではないのですよ。家庭的なチカラや生きるチカラも身に着けておきましょうね~」
男「ちぇ、難しいやぁ!」
女「割れたぁ!」
男「ちげぇよ!今割れたのがオレがぶつけたほうじゃん!」
女「えぇ~私のやつだよ~」
子どもたちは時に一人で、時に友達と協力しながら、ココナッツ割りに挑んでいる。
村「ほっほっほ!
子供たちは今日も元気じゃなぁ~」
この村の村長が、子供たちの学習を見回りに来ている。
男「また来たぜブラブラ爺さん!そんなに暇なのかよ、いいな~」
村「こりゃ!ブラブラじゃなくてモーセじゃと、何度言えばわかるんじゃ!
実技の前に頭を鍛えなきゃならんなぁ坊主はぁ!」
村長は名をモーセと言った。しかしいつものほほんと散歩してばかりいるから、「ブラブラ」と揶揄する村人が少数いるのだった。
モ「ふゎ~あ、まだ眠いわい!」
男「もう昼も近いのにまだ眠いとか言ってら。やっぱりブラブラだぜ、あの爺さん」

学校は昼には終わり、子供たちは一度家に帰って各々に昼ごはんを済ませる。
その多くはまた学校の前の広場にやってきて、好き好きに遊び始める。
海辺に出て泳いだり、モリでの漁に精を出す子もいる。
そして女の子たちの多くは、広場で踊りの練習をするのだった。
コーミズ村は古くから神への奉納舞いが受け継がれており、女たちは当たり前のようにその素養を培って育つ。
女の多くは踊りを楽しいと思っている。そしてその衣装が好きだ。
村人は一般的に、素朴で地味な《布の服》を着て過ごしている。コーミズの民を示す刺繍が襟や裾に入った、みな同じ様な服だ。しかし踊り子たちは、普段も踊りの衣装を着る自由が尊重されている。するとその衣装を着て学校に繰り出し、鬼ごっこをして遊ぶ子も大勢いる。ノアもしょっちゅう踊りの衣装を着ている。
マ「そうそう!表情はとても大事よ。楽しそうに、純粋に!
踊りとは元々、神様に捧げるためのものですからね。人を喜ばせようという優しい気持ちを込めるのですよ!」
昨日の先生が今日も少女たちを指導している。
しかしその輪の中に、ノアはいない。
ノアは粗末な校舎のひさしの下で、体操座りをしながら物憂げに皆の練習を眺めている。
ミ「ほら、行こうよノア?足は平気って言ってたじゃん?」友人のミカがノアを気遣う。
ノ「ううん。いいの。
やっぱり足の調子が良くないから、わたしはしばらくお休みするわ。
ミカは行ってきて♪」
ミ「そうなの?
じゃぁ私行っちゃうからね?」
ノアは今日も練習に参加しようと思っていた。しかし、今朝のエミリーとの衝突を思うと、本当に足をくじいて踊れないのだという様子を見せるのが、賢明ではないかと考えたのだった。
ミ「はぁあ」
何もせずに皆の練習を眺めているというのは、ノアには珍しいことだった。そして溜息を付くなどということも。
普段は、少々悲しいことがあったってそれは、何か体を動かし友と笑い合うことですぐに紛らすことが出来た。今、踊りを取り上げられて手持ち無沙汰でじっとしていると、溜息は大きな憂鬱という魔物に膨れ上がって、ノアの体をチクチクと蝕むのだった。
本当に体が悪いような気がしてくる。億劫に感じ、一人でこっそり練習をする気にすらなれない。
気分転換のたしなみなら他にも幾らかあるはずなのに、こんなときは何をすればいいか、上手く思いつかないものだった。
マ「そうそう!
エミリー、そういうことよ!
そんなふうに楽しそうな顔で踊ると、あなたとっても良くなるわ!」
ノアは静かに立ち上がり、行くあてもなくぶらつき始めた。