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第22節 『世界のはじまり ~花のワルツ~』

  • 執筆者の写真: ・
  • 8月27日
  • 読了時間: 5分

第22節


ユ「はっ!」ユキは左手で懸命に目のしぶきをぬぐい、目の前の現実を見る。

そこに差し出されたのは、巨大なクモの脚・・・ではなく・・・

ユ「お、オール!?」


?「ほら、掴まれ。舟に上がれ」

野太い声が言った。

ユ「!!人か!!

 ありがたい!でも僕じゃなくてそっちの子を!」

?「そうだな」声はユキの少し先にいるノアに、オールの舳先を差し出した。

?「見えるか?」

ユ「ノア!オールだ!それに掴まるんだ!」

ノ「オール!?」ノアは目の前にかすかに見える、黒い長いものに懸命に掴まった。


2人は無事、小舟に引き上げられる。

ユ「あ、ありがとう、ございます・・・!」

ノ「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

ノアがクモだと思ったものは、舟だった。コーミズでもアギロの島でも見たことのない、妙な形の小舟だ。舟の両側には、クモの脚のように細長い骨組みが伸びている。

クモのような舟はバンカーボート
※こういう舟(バンカーボート。フィリピンなどで実際に見受けられます)

舟の中には漁に使う網があり、魚臭い匂いがする。これはクモでも魔物でもない。人が乗る漁舟だと、ユキもノアも察知した。

?「村のもんじゃないな?」男は2人の顔を覗いた。

ユ「はぁ、はぁ。北の・・・たぶん北のほうから流れてきました。僕はユキと言います」

ノ「はぁ、はぁ、はぁ。ノアです」

?「妙なもんを拾っちまったな。

 オレはツビットという。すぐ忘れるんだぞ。

 まぁ命くらいは助けてやる」

ノ・ユ・「え!?」何を言っているんだ?この人は。



ツビットはゆっくりと小舟を走らせ、それは無事にどこかの浜へと着いた。

ユ「ここは?コーミズやクダカじゃないですよね?」まさかそうであってほしくはない。

ツ「始祖の民が住む地・ニライカナイだ」

ノ「しそ?」ノアはユキの顔を見た。

ユ「しそとは?」

ツ「最初の人類、という意味だ。人類の始祖である2人の男女は、このニライカナイに降り立った」

ユ「え?」なんだか前にもそんな話を耳にしたぞ。

ノ「最初の人間はコーミズの村です。私たちはそこから来ました」

ツ「それは吹聴というものだろう。

 ニライカナイには、最初に降り立った始祖の伝承が明確に受け継がれている。その系譜まで歴史書に残っている。アリスの尊(みこと)とアリサの姫、それが人類の祖だ。2人は子を産み、村を束ね、ニライカナイを発展させてきた」

ノ「へぇ・・・」口論をしたくはない。2人は何も反論をしなかった。

ユ「あの・・・」ユキは話を変えようとした。尋ねたいことが山ほどある。しかし・・・

ツ「さぁもう行け。浜までは送ってやった。

 あとはどうとでも出来るだろう。

 ・・・あぁ、くれぐれも村人に会っても『ツビットに拾われた』と言うなよ?『自分の舟で流れ着いた』と言うんだ。わかったな?」

ユ「は、はい」

ツ「じゃぁな」

ツビットはそれだけ言うと、小舟を波に戻し、どこかへ消えてしまった。

やがて雨は上がった。


どこに何があるのだ?何もわからないが、浜から小さな丘を上がるとそこには集落が広がっていた。

ノ・ユ「うわぁ!」

2人の感嘆の理由は、集落があまりにも大きいようだからだ。少なくともコーミズの数倍はありそうだ。その向こうも見えない。

近くで海草を干す女性に、ユキは話しかけてみる。

ユ「すみません。村長さんはどこですか?」まずは村長に謁見すべきだと思った。

女「村長?どこにいるかなんて知らないよ。

 あんたたち見ない顔だね。他所から来たのかい?」

ユ「は、はい。今しがた、舟で流れついてきました。

 寝床と食事が欲しいのですが・・・村長さんにお願いできないでしょうか?」

女「そんなの宿にお行きよ。

 他所者の1人1人にいちいち村長が会ってもいられないさ」

ユ「そうなのですか」

ノ「やどって何ですか?」

女「布団とおまんまが欲しいんだろ?今自分で言ったじゃないか」

ユ「泊めてくれる家のことを宿というのですね?」

女「そうだよ。当たり前じゃないか」


女は宿の場所も教えてくれた。

2人はキョロキョロと村を見まわしながら、でもあまり目立たないように宿まで歩いた。余所者とは、そう歓迎されるものでもないことを学習したからだ。ボロボロの姿をしていたって、甲斐甲斐しく情けをかけてくれるわけでもない。

女の言っていた看板にたどりつく。

ユ「あのう」

宿「はいようこそ」

ユ「1日の寝床と食事を恵んでください」

宿「2人だね?合わせて6ゴールドになるよ。食事もって言ったかい?それなら2人で12ゴールドだ」

ユ「12ゴールド!」

2人は顔を見合わせた。イカダの上で手に入れたお金を数えてみる。

ひぃ、ふぅ、みぃ・・・8ゴールドだ。

ユ「は、8ゴールドしかありません」

宿「なんだって?それじゃ一人はメシ抜きだ」

ノ「そんなことを言わないでください!」

宿「何言ってんだよ。堂々と無銭飲食をしようってのか?」

ノ「むせんいんしょく?」

宿「寝床とメシが欲しいんだろ?だったらカネを払いたまえよ。子供だからってそれくらいのことわかるだろう?」

ユ「でも僕たちお金を持ってないんです。8ゴールドは全部さしあげます」

宿「差し上げますっつったって。足りないんだよ。

 カネを持ってないなら毎日毎晩、寝床とメシを世話してやるのか?そしたらこちとら破産しちまうじゃないか。

 『働かざるもの食うべからず』だよ。昔から言うだろう?稼いでこいよ」

ユ「でも、もうクタクタで、魔物と戦う気力も残っていないんです」

宿「魔物?何言ってんだ?なんで魔物と戦うんだよ」

ユ「だって今、お金を集めてこいって?」

宿「そうだが、働けばいいだろうよ」

ノ「はたらく?」

宿「そうだよ。牛の乳搾りでも機織りでもしてくればいい。半日やりゃ4ゴールドなんて手に入るじゃないか」

ユ「牛の・・・」

男「おいおい!そう責めたてんなよ。

 他所から来たんだろう?どっか田舎から来たんだ。可哀そうに。

 もっと優しく説明してやる必要がありそうだよ」

2人は声のするほうに振り向いた。

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