第22節 『世界のはじまり ~花のワルツ~』
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- 8月27日
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第22節
ユ「はっ!」ユキは左手で懸命に目のしぶきをぬぐい、目の前の現実を見る。
そこに差し出されたのは、巨大なクモの脚・・・ではなく・・・
ユ「お、オール!?」
?「ほら、掴まれ。舟に上がれ」
野太い声が言った。
ユ「!!人か!!
ありがたい!でも僕じゃなくてそっちの子を!」
?「そうだな」声はユキの少し先にいるノアに、オールの舳先を差し出した。
?「見えるか?」
ユ「ノア!オールだ!それに掴まるんだ!」
ノ「オール!?」ノアは目の前にかすかに見える、黒い長いものに懸命に掴まった。
2人は無事、小舟に引き上げられる。
ユ「あ、ありがとう、ございます・・・!」
ノ「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
ノアがクモだと思ったものは、舟だった。コーミズでもアギロの島でも見たことのない、妙な形の小舟だ。舟の両側には、クモの脚のように細長い骨組みが伸びている。

舟の中には漁に使う網があり、魚臭い匂いがする。これはクモでも魔物でもない。人が乗る漁舟だと、ユキもノアも察知した。
?「村のもんじゃないな?」男は2人の顔を覗いた。
ユ「はぁ、はぁ。北の・・・たぶん北のほうから流れてきました。僕はユキと言います」
ノ「はぁ、はぁ、はぁ。ノアです」
?「妙なもんを拾っちまったな。
オレはツビットという。すぐ忘れるんだぞ。
まぁ命くらいは助けてやる」
ノ・ユ・「え!?」何を言っているんだ?この人は。
ツビットはゆっくりと小舟を走らせ、それは無事にどこかの浜へと着いた。
ユ「ここは?コーミズやクダカじゃないですよね?」まさかそうであってほしくはない。
ツ「始祖の民が住む地・ニライカナイだ」
ノ「しそ?」ノアはユキの顔を見た。
ユ「しそとは?」
ツ「最初の人類、という意味だ。人類の始祖である2人の男女は、このニライカナイに降り立った」
ユ「え?」なんだか前にもそんな話を耳にしたぞ。
ノ「最初の人間はコーミズの村です。私たちはそこから来ました」
ツ「それは吹聴というものだろう。
ニライカナイには、最初に降り立った始祖の伝承が明確に受け継がれている。その系譜まで歴史書に残っている。アリスの尊(みこと)とアリサの姫、それが人類の祖だ。2人は子を産み、村を束ね、ニライカナイを発展させてきた」
ノ「へぇ・・・」口論をしたくはない。2人は何も反論をしなかった。
ユ「あの・・・」ユキは話を変えようとした。尋ねたいことが山ほどある。しかし・・・
ツ「さぁもう行け。浜までは送ってやった。
あとはどうとでも出来るだろう。
・・・あぁ、くれぐれも村人に会っても『ツビットに拾われた』と言うなよ?『自分の舟で流れ着いた』と言うんだ。わかったな?」
ユ「は、はい」
ツ「じゃぁな」
ツビットはそれだけ言うと、小舟を波に戻し、どこかへ消えてしまった。
やがて雨は上がった。
どこに何があるのだ?何もわからないが、浜から小さな丘を上がるとそこには集落が広がっていた。
ノ・ユ「うわぁ!」
2人の感嘆の理由は、集落があまりにも大きいようだからだ。少なくともコーミズの数倍はありそうだ。その向こうも見えない。
近くで海草を干す女性に、ユキは話しかけてみる。
ユ「すみません。村長さんはどこですか?」まずは村長に謁見すべきだと思った。
女「村長?どこにいるかなんて知らないよ。
あんたたち見ない顔だね。他所から来たのかい?」
ユ「は、はい。今しがた、舟で流れついてきました。
寝床と食事が欲しいのですが・・・村長さんにお願いできないでしょうか?」
女「そんなの宿にお行きよ。
他所者の1人1人にいちいち村長が会ってもいられないさ」
ユ「そうなのですか」
ノ「やどって何ですか?」
女「布団とおまんまが欲しいんだろ?今自分で言ったじゃないか」
ユ「泊めてくれる家のことを宿というのですね?」
女「そうだよ。当たり前じゃないか」
女は宿の場所も教えてくれた。
2人はキョロキョロと村を見まわしながら、でもあまり目立たないように宿まで歩いた。余所者とは、そう歓迎されるものでもないことを学習したからだ。ボロボロの姿をしていたって、甲斐甲斐しく情けをかけてくれるわけでもない。
女の言っていた看板にたどりつく。
ユ「あのう」
宿「はいようこそ」
ユ「1日の寝床と食事を恵んでください」
宿「2人だね?合わせて6ゴールドになるよ。食事もって言ったかい?それなら2人で12ゴールドだ」
ユ「12ゴールド!」
2人は顔を見合わせた。イカダの上で手に入れたお金を数えてみる。
ひぃ、ふぅ、みぃ・・・8ゴールドだ。
ユ「は、8ゴールドしかありません」
宿「なんだって?それじゃ一人はメシ抜きだ」
ノ「そんなことを言わないでください!」
宿「何言ってんだよ。堂々と無銭飲食をしようってのか?」
ノ「むせんいんしょく?」
宿「寝床とメシが欲しいんだろ?だったらカネを払いたまえよ。子供だからってそれくらいのことわかるだろう?」
ユ「でも僕たちお金を持ってないんです。8ゴールドは全部さしあげます」
宿「差し上げますっつったって。足りないんだよ。
カネを持ってないなら毎日毎晩、寝床とメシを世話してやるのか?そしたらこちとら破産しちまうじゃないか。
『働かざるもの食うべからず』だよ。昔から言うだろう?稼いでこいよ」
ユ「でも、もうクタクタで、魔物と戦う気力も残っていないんです」
宿「魔物?何言ってんだ?なんで魔物と戦うんだよ」
ユ「だって今、お金を集めてこいって?」
宿「そうだが、働けばいいだろうよ」
ノ「はたらく?」
宿「そうだよ。牛の乳搾りでも機織りでもしてくればいい。半日やりゃ4ゴールドなんて手に入るじゃないか」
ユ「牛の・・・」
男「おいおい!そう責めたてんなよ。
他所から来たんだろう?どっか田舎から来たんだ。可哀そうに。
もっと優しく説明してやる必要がありそうだよ」
2人は声のするほうに振り向いた。