第3節 『世界のはじまり ~花のワルツ~』
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- 8月27日
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第3節
ヤシの木さえも、南風という音楽に乗ってユラユラと皆でダンスし続けるこの島だ。
踊りを奪われ、友を奪われ、ノアは心が曇った。
村を歩いていると、音が聞えてくる。
ノ「そっか。男の人たちももう練習してるのよね」
村の別の場所では、10人ほどの男たちが楽器の練習をしていた。奉納舞いの伴奏は、村の男たちの役割なのだ。教えているのは村長のモーセである。
ピラリラティーヤトゥルリトゥルラリラ~・・・ジャジャン!
青年の1人が、トゥーラというギターのような楽器を、華麗に弾きこなしている。

モ「ほうほうほう!
やはりそなたのアドリブソロは達者だなぁ。
ユキよ。今年の奉納舞いもそなたがトゥーラのソロ奏者を務めなさい」
ユキという青年は楽器から顔を上げ、村長のほうを向いた。
ユ「村長。とても光栄です。
でもね、僕は辞退しますよ」
モ「なぬ!?なぜじゃ!男にとってこれほど名誉なことはないというのに!」
ユ「そうですけど、僕はもう5回も務めさせてもらいました。
そろそろ他の人に譲るべきでしょう?」
モ「しかし・・・そうは言ってもおぬしほど巧みにアドリブソロを弾ける輩も出てこんじゃないか。
おぬしがやるしかあるまい」
ユ「はっはっは、頼みますよ村長!天才のあなたじゃないですか。
後進の育成だって、もっとちゃんとやればはかどるはずですよ。
男「ユキの演奏を眺めてたいんだよ。モーセだって、誰だって。はははは。
今年どころか、向こう10年おまえがやったらいい!」
高齢の男が穏やかな笑みで口を挟んだ。
ユ「うれしいですけど・・・でも複雑です。
だって僕はもう二十歳ですよ。
本当は、奉納舞いのトゥーラソロは未成年の若者の役目でしょう?僕はもう4つも超えてしまった」
モ「よいではないか。特例じゃよ。
そなたの演奏は素晴らしい。神様とて喜んでおるさ。
4つどころか、40を超えてもおぬしが弾いておればよいよ」
ユ「特例?伝統に厳しい奉納舞いに、特例が許されるのですか?
それならトゥーラのソロなんて撤廃したらいいです。
伴奏だけに専念すれば、別に担える人材は何人もいますよ。ポポロだって。クリフトだって」
モ「そんなこと言ったら!男たちの見せ場がなくなってしまうぞ!?」
ユ「奉納舞いに男の見せ場なんて必要なんですか?
『踊りとは、女たちの晴れ舞台』なんでしょう?『その聖域を邪魔していはいけないから、男たちは楽器で伴奏をする』んだ。そう教えてくれたのはあなたですよ?」
モ「そ、そうじゃが・・・」
ユ「だったら男たちの伴奏隊に、見せ場なんて必要ないですよ。
トゥーラのソロはカットして、そこも女の子たちに踊ってもらったらいい」
男「おいおいユキ!
・・・うーん。言葉が出ねぇ。
おまえさんは相変わらず、変わってるなぁ」
ユ「村長さんごめんなさい。
僕、今年はもう奉納舞いの演奏を辞退します。
若手を育てましょうよ。
僕はもう練習にも来ませんからね。後輩の教え役をやってくれっていうんなら、顔出しますけどね。じゃぁ」
そう言うとユキは、すくっと立ち上がってふらふらと歩いて消えてしまった。
モ「むむう。
あやつの言っとることも、間違ってはおらんからなぁ・・・」
男「はっはっは。今気づいたけど、モーセの若い頃に似てるよ!はっはっは」
モ「気を取り直して、新たな陣形で練習をするか。
とにかく演奏は立派に完成させなければのう」
男たちは気を取り直し、パートを決め直し、再び楽器の練習に熱中するのだった。
ノ「行っちゃった。ユキさん」
ノアはその始終をずっと眺めていた。
ノ「なんだか。昨日のわたしたちと似たことが起こっている気がするわ。
でも、なんか違う。ぜんぜん違う。
男の人たちは、誰もケンカをしていない・・・」
ノアは、平和を愛していた。いつも平和でいたいと思っており、そのための努力をしているつもりであった。譲ったり、微笑んだり、挨拶したりした。しかし女たちの集団の中でノアは上手くいかず、しかも自分がのけ者にされてしまうことに苦悩を抱いた。
努力は報われるのではなかったか?子供の頃から親や大人たちにそう教わったはずだが・・・。
「報われないじゃないか!」と、小石を拾って地面に投げつけたくなった。毎年踊りを捧げている神は、いったい何をしているのか?
しかし、今見たように、ユキや男たちの集団では、平和へ配慮する者たちは報われているようにも見える・・・。
どうなっているのだろう?
神様に踊りを捧げているのは、男よりも女たちだ。神様はそれを見ているのではなかったのか?私は去年、演目の主役として最も神様にその姿を見せつけたはずだ。最も神様を喜ばせたはずだ。
どうなっているのだろう?
世界とは、どうも、親の言うとおりの仕組みではないのかもしれない。
人生とは、どうも、大人の言うとおりの仕組みではないのかもしれない。
そんなことを思い始める、13歳のノアなのだった。
では誰を信じたらいいのだろう?誰の言うとおりにしたらいいのだろう?
そんなことを考え始める、13歳のノアなのだった。

ユキ
20歳 5月24日生まれ
175センチ 60kgくらい
好きなもの:トゥーラ、打楽器、知的探求、年上の人としゃべること、訓練