第36節 『世界のはじまり ~花のワルツ~』
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- 8月27日
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第36節
翌日。
ユキはノアを伴って、北の浜へと出た。
ノ「どうして北の海なの?」
ユ「舟で移動する望みがまだあるとすれば・・・」
ノ「あるの?」
ユ「あるとすれば・・・最初に僕らを助けてくれた、あの男の人だって思ったんだ」
ノ「あの人!」
ユ「何をしてくれるかはわからない。でも何かをしてくれるかもしれないよ」
ノ「ずっと海の向こうのナントカ島まで、乗せてくれるかしら?」
ユ「それは難しい気もするけど、ないとは言い切れないよね」
ノ「他には何があるの?」
ユ「わからないよ。
とにかく、彼を探してみよう」
2人は北の浜に出て、遠くまで目を凝らした。
しかし、都合よく彼の舟がその辺りを漂っていたりはしないのだった。
北の浜を端から端まで歩いてみる。彼はいない。何もない。
東のほうに進むと、やがて浜辺が岩礁でゴツゴツとしてきた。
ユ「ノア、今日は元気かい?」
ノ「えぇ、まぁ」
ユ「ちょっと探索してみよう」
ユキは、岩礁の外周に沿って歩きはじめた。岩場はどんどん大きくなり、ゴツゴツとし、やがて家よりも大きな岩すら立ち並ぶようになってきた。こんな足場の悪いところに人がやってきはしない。
ノ「こんなところに何かあるの?」
ユ「人が来ることなんてないんだと思う」
ノ「それなのに進むの?」
ユ「何の確証もないけどさ」
ユキは何を考えたのだろうか?
2人の命を助けてくれたあの男は、東の浜のあたりに住んでいるわけではなさそうだった。もちろん北の浜の宿屋のあたりにもいない。「村の者にオレのことを話すな」と言っていた。すると、村人から離れて暮らしている可能性がある。海に出るということは海の近くに棲み処がある。エリアとしてはこの辺りではないか、とユキは思ったのだ。岩場が大きくなればなるほど、つまりは洞穴が口を開いている可能性が出てくる。洞窟で風雨をしのいでいるのではないか?
歩き続けること30分。2人は岩礁であちこちすりむき、海水が染みて痛い。ノアは泣くが、ユキは懸命になだめた。ここで引き返すわけにはいかない。
すると!
ユ「何かあるぞ!」
視界の先に何か大きな塊が見える!
ノ「舟!?」
ユ「壊れた舟だ!壊れたクモ舟だ!」
故障したらしきボロボロのバンカーボートが、岩礁に乗り上げ寂しく佇んでいるのだった。
ノ「これを直したら、向こうの島まで行ける!?」
ユ「いや、これを島に運ぶのも、修理材をここに運んでくるのも無理があるな」
ノ「だめかぁ」
ユ「・・・!」ユキは何かを思いついた。
ユ「ノア、君どれくらい泳げるようになった?」
ノ「100mくらいは」
ユ「じゃぁ、木材の浮き輪を抱えたらどれくらい泳げる?」
ノ「うーん。200mくらい?わからないわ」
ユ「そうだな。わからないよなそんなの。
じゃぁ・・・」
ノ「じゃぁ?」
ユ「200mに賭けよう!」
ノ「えぇ?」
ユ「このオンボロの、今にも沈没しそうな舟に乗って、200mだけ沖に出よう!」
ノ「えー!また遭難しちゃうよ!」
ユ「そうさ。遭難しに行くんだよ」
ノ「何言ってるの!?」
ユ「遭難を覚悟で沖に出る。
舟は途中で壊れたっていい、沈没したっていい。そしたら木に掴まって浮くんだ。
そんで、『助けてー!』って大声で叫ぶ」
ノ「あぁ!!」
ユ「来た日と同じ状況を作るんだ。きっと彼は、遭難する人を見つけたら助ける!」
ノ「でも彼が見つけてくれなかったら?本当に遭難してしまうわ!」
ユ「だから、200mだ。その距離までだったら、仮に助けがなくても自力で泳いで戻ってこれるだろ?」
ノ「本気で言ってるの?」
ユ「本気だよ。150mでもいい。君がもし泳げなくなっちゃったなら、僕にしがみついていればいい。君を抱えて僕はここまで泳いで戻る。浮き輪が1つあればどうにかなる」
ノアはユキの目を見つめた。本気で言っているらしい。
・・・・・・。いいや。もう死んだっていい。どうせ平穏な日々なんてもうありはしないのだ。一か八か、とにかくユキにくっついていこう。
ノアは覚悟を決めた。