第5節 『世界のはじまり ~花のワルツ~』
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- 8月27日
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第5節
目を覚ましたがノアが動こうとしないので、ユキはそれに身をゆだねた。
陽の傾きにともない海風は少しずつ強くなってきた。
ユ「何か、落ち込んでいるのか?」
ノ「・・・・・・・」ユキは足をくじいたらしきことを知っていた。主役の座をエミリーに奪われて、ノアが落ち込んでいると察するのだろう。
ノ「たぶん・・・。
たぶん、ユキさんが想像しているのとは違うことで、ちょっぴり落ち込んでいるんだと思う。落ち込んでいる?その感情の名前はわからないけど」
ユ「いいじゃないか。きっと来年はまた君が主役だよ」
ノ「ううん。そうじゃないの。
あのね。
わたし、さっきユキさんが音楽の仲間たちから離れてくるのを見ていたわ」
ユ「そうだったのか?」
ノ「村長さんやみんなとケンカして、でもケンカじゃないのよね。
ユキさんは立ち上がって離れてきたけど、でもケンカなんかしていないんだと思った。ユキさんも、村長さんもテオさんもケンカしてない。
同じようなことが昨日の夜にあって、わたしはエミリーとケンカしちゃったわ。わたし、みんな平和になるようにって努力したつもりだったけど、報われなかったの」
ユ「・・・・・・。
そうか。
たぶんだけど、グループの質が違うんだよ」
ノ「グループの質?」
ユ「踊りのオーディションには、若い女の子たちがほとんどみんな集ってた。女の子ってのはみんな踊りをたしなむものだもんね。
でも男たちの楽器は違うだろ?
奉納舞いの楽器伴奏をするのは、村の男の中のごく一部だよ。男の多くは音楽なんか興味なくて、海でモリを投げてるか、ケンカごっこばかりしてる。
そんな中で楽器伴奏に志願してくるやつらは、平和で穏やかなヤツが多いんだ。ケンカしてるよりも、女いじめてるよりも、楽器奏でてたいんだから」
ノ「そうなの?そうか」
ユ「『平和であるための努力をする』ってのは大事なことだろう。
でも、ノアは僕よりもちょっと足りないんだよ。
僕はそもそもグループを選んだ。付き合う友人を選んだ。
ノアは選んでない。みんなと同じ輪の中にいるだけさ。
女たちにとってダンスの輪は、みんなが集まる場にすぎない。だから色んなヤツがいる。無神経なヤツや怒りっぽいヤツもいる。そこで平和の努力をしたって報われないことが多いんだ。
付き合う友人を、選ばなくちゃいけないんだよ」
ノ「ダンスをするなっていうこと?」
ユ「うーん。それは無理なんだろうなってわかるよ。
ダンスをするのはいいけど、仲間を選ぶ必要があるんだろう」
ノ「仲間を選ぶなんて出来ないわ。小さな村だもん」
ユ「それなら、一人で踊るしかないかな」
ノ「一人なんて寂しいわ」
ユ「そうだなぁ。いや、そういう問題でもないな。
一人だろうが、目立つなら妬む者たちが現れるんだ。競争も何もない世の中ならいいんだろうけどね。舞台に主役なんて要らないんじゃないかって思うけどね。踊りも演奏も」
ノ「主役なんて要らない・・・?」
ノアはぼーっと銀色の海を見つめている。いや、銀色ではなく金色めいてきているが。
反論めいた言い方をしたが、ユキの言わんとしていることはなんとなくわかったノアだった。
ユ「一緒にいくか?」
ノ「え?」
ユ「僕、これから村長さんのところに行くつもりなんだ」
ノ「さっきケンカしたばかりなのに?」
ユ「ケンカしてないさ」
ノ「そうだわ。ケンカしてない」
ユ「あれはあれ。これはこれ。
奉納舞いの伴奏の件じゃなくて、勉強しにいくのさ」
ノ「勉強?なにを?」
ユ「色々さ。着いてこいよ」