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エピソード10 『「おとぎの国」の歩き方』

  • 執筆者の写真: ・
  • 2023年3月5日
  • 読了時間: 4分

エピソード10


国境ってのは、大きく分けて2つのタイプがあるんだ。

1つは、およそゲートしかない国境。

殺風景な荒野に、小さな役所が2つ3つだけ建てられてて、

それ以外は延々と壁が続いてる。壁じゃなきゃ有刺鉄線さ。

もう1つは、住宅街の中にある国境。住宅街っていうか、村だね。

村のあった場所に、昔のどれかの王様が、無理やり国境線を引いたんだろうさ。

だから、そこの住民たちは、

国境線のあっちとこっちを、日常的に行き来する。

厳重に検閲されるはずの国境なのに、

ジモティたちには、顔パスでの行き来が許可されてるんだ。

一応役人が1人か2人は配備されてるけど、

検閲の必要な外国人なんて年に1人しかいないんだから、

ほとんど仕事なんかしないで、ポーカーにでも夢中になってる。

発展途上国の国境の役人なんか、

不真面目なヤツばっかりだよ。笑っちゃうくらいにさ。

たまに珍しく真剣な顔で、パソコンに向かってるとおもえば、

何のことはない。ソリティアとかやってんだ。トランプゲームだよ。


インドとブータンの国境も、後者のタイプの国境だったのさ。

一日に100万人も、あっちとこっちを行き来してる。

ひょっとしたらビザがなくても、こっそりブータンに入国できちゃうんじゃないかってさ。

僕は、

インド側の道端で行商している人たちを眺めながら、その様子をさぐっていた。

白い、中華まんみたいなパンを並べるおじさんが、目に留まった。

売ってる物もその服装も、ブータンっぽいじゃないか。

僕は、何の気なしに近寄っていって、その白いパンを2つ3つ買った。

「サンキュー、ジャパニーズ。」彼は、こなれた英語で言った。

やっぱりさ。思ったとおりだ。

ブータンは、公用語が英語らしいんだよ。ブータン人なら英語がしゃべれるんだ。

「おじさん、ブータンの人だよね?

 今晩、泊めてくれたりしないかな?金なら払うからさ。」

僕は、10ドル札を2枚ほどチラつかせて、おじさんに言った。

20ドル。ブータンなら2万円くらいの価値があるはずだ。

「泊めるって、俺ん家はホテルじゃないぜ?」

「わかってるよ。僕、大学で民族研究してるんだ。

 ホテルじゃなくて、民家に泊まりたいんだよ。」

「……。

 変わったヤツだな。まぁいいよ。3時まで待ってくれ。」

彼は、僕を下から上までなめまわすように見上げ、特に不審でもないと感じたらしく、

あっさりと、その申し出を受け入れてくれた。


3時を回り、店じまいをすると、

行商のおじさんは、僕を後ろに連れ立って、リヤカーを引いた。

「これから国境を通って、ブータン側に戻る。

 役人が何か話しかけてきても、お前は口を開くな。いいな?」

僕は黙ってうなずく。

やがて国境が近づく。

遠巻きに眺めると、やはり役人たちは、談笑して油断している。

けれど、想定外なことに、

周囲を行き来するジモティたちが、見慣れない格好の僕を、じろじろと眺めるんだ。

その視線の妙に、役人たちも気づいてしまった!

「おい!」役人が声を掛けてきた。

ごくっ。僕はツバを飲む。

「何だ?」行商のおじさんは、落ち着いた物腰で、短く答える。

「その男は何だ?」

「俺の親戚だよ。中国系だがな。」

「そうか。」

役人は短く言うと、アゴで「あっちいけ」を示し、また談笑に戻った。

うまくいった!


役人をやりすごしても、しばらくの間は、

何も口を開くことなく、黙って歩き続けた。

10分も歩くと、行商のおじさんは、大きなお屋敷の前で足を止めた。

「着いたよ。俺ん家だ。」

「これ!?」

周りに比べて、かなり大きな家だ。

しかも、敷地の一角には、さらに大きなトタンの建物がある。

「工場だよ。食品を作ってる。」

「社長なの?」

「そのようなもんだ。」

「社長なのに、リヤカー引いて行商すんの?」

「厳密に言うなら、若社長というやつだ。修行の身だよ。

 うちの家系は代々厳しい。

 若社長には何でもやらせる。デリーまで大きな商談に出ることもあるし、

 ああしてホームレスみたいに座り込んで、パンを売ったりもする。」

「ふーん。」

「20ドル、先払いだ。よこしな。」

「あ。」僕は約束どおり、20ドルを彼に手渡した。

おじさんは、僕を母屋の一室に通した。立派な客間だった。

少なくとも、コルカタのタイムスリーよりはずっと立派だ。

家具は調度品だし、陶器が黒ずんでいたりはしない。

シーツは清潔そうで、カビ臭かったりもしない。

「あ、ちょっと待て。いちおう親父に許可を取らなきゃな。」

おじさんはそう言うと、僕を連れ立って再び外に出た。

庭を見回し、工場をのぞき、親父とやらの姿が見えないとわかると、

門の外まで再び出ていった。


「よう。おかえりか?」

不意に、白髪の爺さんに声をかけられた。

「あれが社長さん?」僕は尋ねる。

「違う。近所の爺さんだ。」

「異邦人か?珍しいのう。」

「こんにちは。日本人です。」僕は自分で答えた。あいさつは大事さ。

爺さんは、目を渋く細めて言った。

「坊主、龍だな。」

「龍!?」

「おぬし、ウチに泊まっていかんか?」

思いがけない誘いだ!

爺さんが指差したほうに佇んでいるのは、しなびた家だった。

どう見たって、若社長の家の100倍はしなびてる。きっと陶器は黒ずんでいるだろう。

僕は、立ち止まって3秒考えた。



『「おとぎの国」の歩き方』

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