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第23節 『世界のはじまり ~花のワルツ~』

  • 執筆者の写真: ・
  • 8月27日
  • 読了時間: 5分

第23節


話の嚙み合わない一行に、助け舟を出す者がいた。

男「おいおい!そう責めたてんなよ。

 他所から来たんだろう?どっか田舎から来たんだ。可哀そうに。

 もっと優しく説明してやる必要がありそうだよ」

2人は声のするほうに振り向いた。

宿「だがタダ飯食わすわけには・・・」

男「私が立て替えてやるよ。今日の分くらいは。

 ほれ、4ゴールドだ。いやあと4ゴールド払うからたっぷり昼飯も食わしてやってくれ」

宿の居間で茶をしていた見知らぬ男が、仲介に入ってくれたようだった。

ノ・ユ「ありがとうございます!」2人はソーダ水でも飲んだかのような爽やかな笑顔で、その男に礼を言った。

男「おごったわけじゃないからな?明日か明後日には返してくれよ。私は別に金持ちじゃないんだ」

男は2人を寝室にまで案内し、宿とはどのように過ごすものなのか、一通りレクチャーしてくれた。



そして3人はまた受付前の居間に戻ってくる。

男「さぁ、腹ごしらえしながらこの国の話でもしようじゃないか。

 君たちの村にはカネってもんがなかったんだな?」

ユ「そうです。なんでもタダで手に入る暮らしでした。甘いフルーツも」

男「そうかそうか。そういう田舎もあるんだろうがね。

 この国はカネが流通してるし、『社会主義』ってシステムで動いているんだよ」

ユ「しゃかいしゅぎ」

男「そうだ。『みんな社会のために生きてるよ』って意味さ。フルーツや女をたくさん得ることは人生の目的じゃない。それぞれが社会を支え合うために生きてるんだよって考え方さ。社会主義は、働くことが中心の人生だ。でもその代わり、生活はまぁ保証されている。誰も飢え死にしない。給料が一律だからな」

ノ「きゅうりょうがいちりつ?」

男「そうだ。宿の店主も、牛の乳絞りも、機織りの女も、みんな月給300ゴールドを貰う。1日15ゴールドだ。

 宿は1泊3ゴールドで、3食食べたらまぁ5か6ゴールド。つまり何であれ仕事をしさえすれば、宿代くらいは払えるってわけなのだよ」

ユ「なるほど、そういうことか。ノア、わかったかい?」

ノ「えぇ、たぶん」

男「だからまぁ、3日か4日はがんばって働いて、私が貸したぶんも返してくれたまえよ。がんばれ」

ユ「じゃぁ僕は漁をします。ヤリも持ってるので、これで魚を獲ります」

男「りょう?りょうって何だ?」

ユ「え!海に入って魚を獲ってくることですが・・・」

男「魚を獲るって?それは昔に禁じられたことじゃないか。魚を獲ると海に真っ黒な藻が広がってしまうだろう」

ユ「この国には漁がないのですか!?」

ノ「じゃぁ私が働きます!私は踊り子です!」

男「踊り子か。それで?」

ノ「それでって・・・、踊り子です」

男「踊りは職業じゃないだろう。それは趣味だ」

ノ「しゅみ・・・!」

男「君の国では踊っていればご飯が食べられるのか?

 この国はそうはいかないんだよ。踊りは仕事とはみなされていない。残念だがなぁ。

 コメの栽培と、お嬢さんのほうは機織りでもすればいいんじゃないか?」

ユ「コメの栽培・・・コメというのは?」

ノ「機織りは・・・ほとんどやったことがありません。それは40歳を越えた女性の仕事ですもの」

男「ふぅむ、困ったもんだな。この国の仕事が出来ないのか・・・」

ユ「魔物を、倒してくればいいんだ」

ノ「えぇ!?」

ユ「えぇって言ったって、今払った8ゴールドだって魚の魔物を倒して得たものじゃないか」

ノ「それはそうだけど・・・」

男「君たち魔物退治が出来るのか?」

ユ「出来るとも言えないですが、やってみるしかないです」

男「ふぅむ。それならだ。

 西の門から村を出てみなさい。ちょっと道なりに行けば森が見えるだろう。その森には魔物が出てね、時々この村の者たちを困らせているよ」

ユ「わ、わかりました!」

ノ「倒せるの?わたしたちで」

ユ「わからないが、やってみるしかない」

男「クマみたいなやつとは戦うんじゃないよ?ツノを持つウサギやバカでかいねずみなら戦えるだろう」

情けをかけてくれたこの男はルドマンと名乗った。隣の村から来て測量士という仕事をしているそうだ。2人にとっては聞いたこともない仕事だ。



夜半。

2人は宿の部屋へと休息に向かった。2人で1つの部屋だ。ベッドは1つずつあるが、1部屋ずつあてがわれるわけではない。

ベッドという上等な寝床を、2人はこの日初めて見た。コーミズにもクダカにもこういうものはない。「こうして快適な寝床を与えるかわりに、カネを払うってわけだよ」と昼間にルドマンは説明をした。

ノアは改めてその状況を見て、ドキっとした。男の人と2人きりの部屋で眠るなんて、初めてのことだ。まぁイカダの上やアギロの家の居間ではユキと夜を共にしてきたわけだが、だだっ広い星空の下と狭い空間とでは、感じ方が違うものである。

ユ「僕が先に湯桶を使ってもいいかな?」とユキはノアに言った。

ノ「え、えぇ」特に考えも無しにうなずいた。

ユキは先に浴室で汗を流す。ノアは、窓から星空を眺めて何も考えないようにした。

ユ「セッケンというやつはホントに体が綺麗になるよ!宿って楽しいんだな。ノアもやってごらん」

ユキは偵察隊として珍しいものを試すと、その塩梅をノアに教えてやるのだった。

ノアも汗を流しに浴室に入る。男の人の近くで体を綺麗にするというのも、なぜか少しドキドキすることのように感じた。

躍っているとき以外はマイペースなノアだ。石鹸で汚れが落ちるのが面白いことがわかると、時間を忘れてゴシゴシぐるぐると洗っていた。

ノアが浴室から出ると、ユキはもう奥のベッドに、向こうをむいて眠りに落ちていた。

ノアはなぜか安心した。


ノアは夢を見た。夢の中でも、ノアはユキの横のベッドで静かに眠っていた。安らぎのまま朝を迎えるのだった。

そしてノアは、ユキと1つの部屋の中で眠ることは怖いことではないのだと、なんとなく理解するのだった。

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